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東京高等裁判所 昭和39年(ネ)34号 判決

控訴人

かんべ土地建物株式会社

右訴訟代理人

榎本精一外一名

被控訴人

大森ボールト工業株式会社

(右被控訴人は昭和三八年六月二〇日被控訴人合名会社大森製作所を

吸収合併しているのでその訴訟承継人でもある。)

右訴訟代理人

堂野達也外一名

主文

本件訴控を棄却する。

訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。控訴人(原審債権者)と被控訴人(原審債務者、但し当時は合併前の大森ボールト工業株式会社ならびに合名会社大森製作所)のと間の東京地方裁判所昭和三八年(ヨ)第三、〇二九号不動産仮差押命令申請事件について同裁判所が昭和三八年五月七日になした仮差押決定を認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、以下に付加するほか、原判決事実摘示のとおりである。

(被控訴人の主張)

一、被控訴人(原審債務者)合名会社大森製作所は、昭和三八年六月二〇日被控訴人大森ボールト工業株式会社に吸収合併され、その権利義務は後者に承継された。

二(イ)  被控訴人は、昭和三八年八月五日、本件仮差押決定所定の解放金全額を供託して右仮差押の執行取消を申請し、その執行は取り消されたので、その目的物件である別紙目録(一)(二)の各土地を訴外プリンス自動車販売株式会社に売り渡し、その所有権移転登記手続を履行した。よつて本件差押は右土地に代り前記解放金がその目的となつていたところ、本件仮執行宣言付原判決で右仮差押決定が取り消されたので、昭和三九年三月一六日被控訴人は右解放金の返還を受けた。

(ロ)  従つて当審において仮りに控訴人が勝訴し仮差押決定が復活したとしても、仮差押の目的物である本件土地は適法に訴外会社の所有に帰して再度執行することはできないし、これに代るべき解放金も消滅したのであるから、もはや仮差押決定の認可を求める利益はない。

(控訴人の主張)

前記被控訴人主張一の事実および同二(イ)の事実はいずれも認めるが、二(ロ)の主張は否認する。

当審において仮差押決定が認可されれば、控訴人は直ちに被控訴人所有の他の財産に対して仮差押を執行することができる。従つて本件仮差押決定の認可を求める必要も利益も存在する。

(証拠関係)≪省略≫

理由

被控訴人はまず、本件仮差押決定を認可する利益はすでに存在しないと主張するので、この点について検討する。

被控訴人主張のように、本件仮差押の執行が解放金の供託によつて取り消され、その目的物である別紙目録記載の土地が訴外会社に売り渡され所有権移転登記を了したこと、原判決(仮執行宣言付)によつて仮差押決定が取り消されたので被控訴人が前記解放金の返還を受けたこと、はいずれも当事者間に争いがない。

従つて本件仮差押決定が仮りに当審で認可されたとしても、本件土地に対しさらに執行することができないことは明白であり、執行目的物に代るべき解放金も存在しないのであるから、もはや控訴人の申請目的を達することはできないわけである。

控訴人は、本件仮差押決定が認可されれば被控訴人の他の財産に対して執行し得るから認可の利益はあると主張する。

しかし本件仮差押命令申請書によれば、本件土地を仮りに差押える旨の命令を求める旨が明らかに記載され、申請理由中においても「本件土地について仮差押えをなす必要がある」等と記載されており、他の財産一般に対する仮差押命令を求める趣旨は少しも読み取れない。そしてこれに対応して本件仮差押決定も文理上右と同様の趣旨に解するよりほかない表現をとつているのである。

従来からわが国の裁判所では仮差押命令の申請に際し目的物を特定指示して(但し有体動産については「債権額に満つるまで有体動産を」という程度で」これをなし、裁判所もこれに対応した仮差押命令をなすことが確立した実務上の慣例となつており、最高裁判所昭和三二年一月三一日判決(最高民集一一巻一号一八八頁)は、仮差押命令とその執行とが別個の手続に属することから右慣例のような目的物の指示が仮差押命令自体については不要であることを明らかにしたにも拘わらず、その後九年余を経た今日においても従来の慣例がおおむね改められていないことは実務上顕著である。今その理由を改めて考えてみるに、仮差押は本案判決と異り執行できなければ無意味であることから(しかも執行期間が二週間と限定されている)、債権者としてはまず探索された債権者の特定財産についてのみ仮差押命令を求めようとするのが通常の意思であろうし、その方がかえつて債権者が無用の負担を避け得ることにもなるからであると考えられる。すなわち仮差押の保証金は特定の執行目的物の種類、数量、価格を勘案してはじめて適切に決定し得るもので、もし債務者のどの財産に対しても執行し得る仮差押命令を出すとすれば、保証金の決定にあたり、債務者の財産の大略を把握し仮差押の執行によつて最も大きい打撃を受ける財産に対し執行される場合をも予想してその損害を考慮せざるを得ず、従つてその金額がおのずから高額となるであろうし、また仮差押の必要性の認定にあたつても裁判所としては慎重な態度を採ることを余儀なくされることも考えられる。これに反し特定目的物のみに対する仮差押命令であれば、債権者は執行可能な債務者の財産で最も仮差押に適当なものを把握し、予想される保証金額も考慮に入れて、必要な限度で仮差押命令を申請すれば足りるのである。

かような実情であるから、目的物を特定掲記した仮差押命令の申請及びこれを容れた命令において、右掲記はたまたま同時に申し立てられた執行手続のみに関するもの、すなわち命令自体は広く債務者の一般財産に対して執行し得るものであることが、疑いを容れる余地のないほど明白であるとは到底いえない。当裁判所としては、これを執行すべき目的物をあらかじめ限定した仮差押命令であると解する。かようなことが金銭債権の債務名義として許されるかは一応問題となるが、かかる仮差押命令の申請は保全の必要性の強弱に応じ債権者みずから任意に限度を定めた制限的な申立であつて、該申立及びその認容は制度の目的にてらし許されるものと解するのが相当である。

よつて本件仮差押決定は本件土地を執行目的物に限定したものというべきであるから、前記のとおりこれを認可しても申請目的を達し得ないことが明らかであり、現時点においては控訴人の本件仮差押命令の申請はその必要性を欠くものとして却下するほかはない。原判決は被保全権利の疎明がないとの理由で仮差押決定を取り消し控訴人の申請を却下したものであるが、当裁判所の判断は結論において原判決と一致するので、原判決を維持すべきものである(かように認めたからといつて、仮差押命令で定められた執行目的物が執行の許されない物件であることや第三者の所有であることを理由として、仮差押異議の手続によりその取消を求めることができると解するものではない。原判決中仮差押決定取消の部分を維持するのは前記理由で右決定を認可し得ない結果にすぎない。)。

次に原判決は仮執行の宣言によつて広義の執行力が生じたのであるから当審では仮執行の結果を無視して判断すべきかのようにもみえるけれども、本件の場合、仮差押決定を認可しても現実に意味がないことは直視すべきものであると考える。すなわち、一般には上訴審で仮執行の結果を無視して訴訟物につき判断することによつて、仮執行の結果が是認せられるか、または原状回復、損害賠償をなすべきかが定まるなど、それだけの意味があるのであるが、本件の場合には、仮差押決定が認可されても被控訴人に返還された解放金を再度供託を強制する方法もなく、もし民事訴訟法第一九八条第二項を適用ないし準用するとすれば、結局債務者の一般財産を差押え換価して供託するほかなく、かくしては目的物を限定した仮差押命令と矛盾するし、換価手続を含まないことを原則とする仮差押手続の性格にも適合しない。また仮差押決定取消による特別の損害(通常の金銭債権の遅延損害金以外の)も考えられない。

以上の理由で当裁判所の判断は結論において原判決と一致するから、その他の主張について判断することなく結局本件控訴を棄却すべきものとし、訴訟費用について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(近藤完爾 浅賀栄 小堀勇)

(別紙) 目録≪省略≫

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